既にお知らせさせていただいた方もいらっしゃいますが、群馬大学理工学府理工学基盤部門の准教授として、2021年4月1日に着任し、本日をもって退職いたします。初めての地方国立大学に赴任し、更に主に初年次教育に携わってきました。在任中、群馬大学の皆さまには本当にお世話になりました。気持ちよく、スムーズに送り出していただいたことに感謝しております。
様々な大人の事情が重なり、基本的には群馬大学荒牧キャンパス内に研究室は主宰していたものの、研究室配属の学生さんは1人もおりませんでした。更には、インターンシップの学生さんも誰も採用しませんでしたし、リクルートすることもしませんでした。
群馬大学在任中は、まとまったアウトプットがなく、何をしていたのだと言われそうですが、基本的には大量に本を買い込み、黙々と勉強していました。基本的には1人で研究を進めなければなりませんでしたので、何かの研究に本来は没頭するのがセオリーだったと思うのですが、着任した当時、プロジェクト研究から外れて、久々にPIとして研究室を整備することになったので、私の指導教員である細谷暁夫さんが
「定職を得た研究者が胸の高まりも無く、ただ論文の数を増やし、科学研究費を獲得して行くことの方がいいのだろうか?冒験者の大部分は失敗し、ごく少数のものが新しいコンセプトを切ち開くのではないだろうか?私には失敗を覚悟で冒険することが、僥倖によって定職を得た科学者の道徳的義務とさえ思う。」
と定年退職をする際に記事に残していたのを思い出し、ただただ漫然と研究していくことはやめようと思いました。ただ、テニュアトラック制度としての採用であったため、本来は「定職を得た研究者」にはなっていませんでしたが、何かしら新しいことをやっても研究は出来るだろうし、5年の期間中には何か出来るだろうと思いました。
群馬大学在任中にプロジェクトとしては以下のようなもので、今まで研究したことのないものが多かったような気がします。
- 量子乱数の研究:JSTさきがけ「セキュア量子乱数に基づくハイブリッド量子秘密計算基盤の創出」の研究課題ももとで本来はもっと進めるべきだったと思いますが、研究課題が採択された慶応義塾大学時代とは状況が異なり、思うようには研究が進まなかったと思っています。在任中の2022年のノーベル物理学賞の受賞理由が「ベルの不等式の破れ」であり、「ループホールフリー」のベルの不等式の破れは実証されていますが、更なる研究として「真性乱数」の存在を見破らなければなりません。そのため、まだまだ研究の余地が残されているように思えます。これは今後、引き続き研究をしていきたいなと思っています。
- 量子品質工学の研究:JSTさきがけ「セキュア量子乱数に基づくハイブリッド量子秘密計算基盤の創出」の研究課題から派生された研究だと思っていて、量子情報技術を発展させる上で重要なコンセプトだったと思います。桐生高等工業学校(現、群馬大学理工学部)出身の田口玄一博士のように品質工学の発展形を目指していました。まだまだ時間がかかるなぁ・・・というのが正直な感想です。
- 原子核物理と量子情報科学の融合:原子核物理分野で第一原理計算をやられている阿部 喬さん(現、慶応義塾大学量子コンピューティングセンター特任准教授)に学生時代に東工大の研究室で大変お世話になったことをきっかけに原子核物理屋さんと議論していました。理化学研究所にある RIBF を用いた実験プロジェクトに誘われ、あれよあれよという間に一緒に実験を行っていました。まだ何も論文を書いていませんが、そのうち原子核物理と量子情報科学が融合できるような研究が出来たらよいなぁ・・・と思っています。その意味で、量子力学黎明期の発展を支えてきた原子核物理を勉強出来たのはとっても良かったと思っています。この際、初めて組織として関与したかったので、同年代で研究室を主宰していた加田渉准教授(同じく、今日で退職。)と鈴木真粧子准教授に関わっていただきました。また、機器分析センターにはお世話になりまして、特に技術職員の坂本広太さんにはお世話になりました。研究上では群馬大学在任中、一番時間を割いていたかもしれません。笑 それが故に、色んなものとの繋がりが分かってきて、今後に対して、何をしなければならないのかという道筋も見えてきました。
- 機械学習の応用研究:実験データにこれまで以上に積極的に触れる機会が多くなってきましたので、そのデータ解析手法として機械学習で使われている手法を沢山勉強し、それを応用する際の問題点が何であるのかを調べてきました。物理のような何かを解明していくタイプの研究ではなく、いささか場当たり的な感じもしましたが、純粋な数理的な理論体系を実データに応用していくことの難しさが何であるのかということを実感しました。こんな遊びから生まれた研究論文は2報 (Scientific Reports, Annalen der Physik) まとめられています。
- 物理教育の研究:ひょんなことがきっかけで、大学の物理教育誌に「はじめての講義」という欄に記事を執筆することになりました。着任当時、まだコロナ禍の真っ只中であったことを良いことに、基本的にはオンライン授業で学ぶ意義を考えたりしていました。教授法も手探りでしたが、予備校でもなく、大学の従来の教育法でもないものに挑戦してきました。そして、模索していく中で、「大学の物理教育は、教育の担い手は研究者で自分自身の研究対象にはデータをとったりと論理的・定量的に分析するためのツールを考えるにも関わらず、教育は感覚的・理念的になってしまうのは何故だろう」と思うようになり、授業アンケートなどを積極的に活用しながら、授業改善を行うというより前に、授業の在り方・教養の在り方を定量的に分析していくことが重要であろうと思うに至りました。認知心理学の知見などを取り込みながら、どういう授業スタイルが教員にも受講している学生にもハッピーな形になりえるのかを「研究しながら」考えていました。
また、一概に「地方」と言っても、交通のアクセス状況によって、事情が様々に異なるということも理解でき、統一的な「地方大学の問題」というものは、あまり存在していないのではないか?と思いました。でも、予算が削減されている問題を肌で実感し、新しいことを動き出そうにもゴミが残されたままで出来ない問題があったりと、今まで以上に何をしていくことが良さそうなのか、そして、持続可能なスタイルはどのようなものであるのかということを考えてきました。今まで、国立の研究機関、中央の国立大学、中央の私立大学、地方国立大学と赴任してきましたが、それぞれに問題は山積していますが、それぞれに楽しみながらやってきました。もちろん、今回の群馬大学も非常に楽しくやらせていただいかと思います。ありがとうございました。色々な方々に支えられ、プライベートには色んな事があった期間ではありましたが、楽しめたことには感謝しかありません。ありがとうございました。そして、明日から新しい職場ですが、今後ともよろしくお願いします。