June 1, 2020

新しい時代のアナログとは?

今年度より京都大学情報学研究科の研究科長をなさっている河原達也さんが書かれた「COVID-19 パンデミック下における情報学の展開」を読んだ。オンライン時代の先陣をいくと言って過言ではない「情報学研究」の視点から、COVID-19 パンデミック後の世界観までを描いている見事な論考であると思う。

このパンデミックの前まで AI ブームと言われていましたが、感染の動向や感染者の症状を予測する AI も、どういう治療をすればよいか判断する AI も開発されていません。しいて言えば、感染者の行動履歴を追跡しておいて、濃厚接触者を同定するソフトはありますが、国家権力が強くない国では運用が困難です。これほど世界中に大量の事例サンプルがあるにも関わらず、専門家の直観で判断されているように思われます(それを否定するものではありません)。

この部分が私の最も賛同できる部分である。現在の「情報技術」の限界について、内部の専門家の意見から発せられたという意味も重要である。だからこそ、今後、「ローマは1日して成らず」という諺があるように、しっかりとした準備を行っていけば「情報学が貢献出来る可能性」があるという重要なメッセージがこめられていると私には思う。

しかし、「情報」というと「デジタル」な事を思い浮かべることが多い。私自身の「情報学」の理解では、インプットとアウトプットの関係性に対して、中身をブラックボックスにしたまま「定量的な尺度」を与える学問なのだと思っている。「データ圧縮の限界(者オノンエントロピーの起源)」「通信容量の限界(通信路符号化定理)」など、情報科学の基礎と知られるものは、「「情報」とは何か?」ということを問題にするよりも、「定量的に表現出来る情報」とは何か?ということを考えていたように思える。個人的には恥ずべきことであるが、情報科学の基礎をきちんと勉強したのは大学院卒業以後のことである。マクスウェルの悪魔に関する論文を一緒に執筆している際にシャノンの原論文を読んで勉強した。

一方で、「情報社会」の基盤を支えているのは「アナログ」の要素抜きでは成り立たない。我々が取り扱える部分(インターフェイス)はデジタル仕様になっていても、最終的には「アナログ」な部分に支えられている。近年、「ポストデジタル」時代を想像する本が増えてきたように思える。例えば、「アナログの逆襲」という本の中では、「アナログ的な体験」の重要性について述べている。また、そのような具体的な取り組みに関して紹介されている。一方で、「アフターデジタル」で主に展開されているように「極限まで」オンライン化していく世界像を描いている本もある。そんな中でも「アナログ的思考」が若干垣間見える部分があって面白い。自粛期間で「繋がっていない」苦しさを感じる機会も多かったが、一方で、自分自身を見つめ直す良い時間であったように思える。

何かと繋がっているよりも、身体的に感じられる方が重要なのではないか?

ということに気づいた2ヶ月間であった。今までの研究活動を振り返ってみると、「地に足のついた」研究に憧れを感じる。きっとこれも「アナログ回帰」の一端なのかもしれない。


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