May 18, 2020

異化の勧め


「異化」とは、ソ連の文学理論家であるヴィクトル・シクロフスキーが概念化・理論化したものである。そして、ノーベル文学賞を受賞して著名な大江健三郎が「小説の方法」の中で展開した文学理論の中で最も重要な文学理論として採用している。

日常・実用の言葉が『異化』されることによって、文学表現の言葉となる

と評しており、文章を媒介する表現者として非常に重要な概念だと思う。前述の「小説の方法」を読んでいると、小説を創作する上での「論理展開」の重要性が語られている。その一方で、「小説の面白さ」は単なる論理展開だけでは生じ得ないということも語られている。大江健三郎は、「異化」からの飛躍を「作家としての確信」という意味を込めていたように思える。

小説は人間をその全体にわたって活性化させるための、言葉による仕掛けである

とあり、「作家としての確信」もまた言葉が「異化」されることによって表現されている。この理論体系は、「研究論文」という「言語表現」を最終アウトプットとしている研究者による研究活動にも当てはまる。「作家としての確信」は、「研究者が得た着想・思考」と読み替えることが可能であり、それを「研究論文」という中で展開する。「論理展開」の明晰さというのは、研究論文を書く上で最も重要なものだと思われている。そのため、大学教育では徹底的に「これまでに知られている論理展開のやり方」を講義や演習で学ぶ。

個人的な体験談になるが、私が理系の進路選択にした理由は、「国語」「英語」の成績が伸びなかったからだと言って良い。中学時代に教科担当をしてくれた先生には、当時はまっていた「日本史」などの専攻に進むのだろうと思われていたほどだ。しかし、高校時代、全くといって良いほど「国語」と「英語」は出来なかった。「英語」は「国内にいれば、外国人と話す必要はない」と考えていた時期があり、特段、必要になることはないだろうと思っていた。また、「国語」では、「何故、筆者の気持ちを読み解かなければならないのか?」と「国語の問題を解くこと」が「国語」という教科であると考えていた時期がある。【「論理性」が全くないのではないか?】と思っていた。それが今では、1日のほとんどを「英語」と「国語」の教科書の目の前で過ごしているような生活であるので、驚くばかりである。そのため、大学入学後は本当に色々なレポートを書いてきた。そして、「文章を推敲する特訓」をするようになったのは、大学院時代の指導教員によるものであった。5年間弱の大学院教育の中で最も重要であったと思う教育は、「peer-to-peer による文章(=論文)推敲」に関する教育であった。これは、研究を直接的にせよ、間接的にせよ指導するようになった学生さんには「文章推敲」による体験をなるべく行ってもらうと思っている。

しかし、研究論文は単純なる論理の積み重ねでは面白くない。関わった本人でしか分からない「研究によって得た感覚」というのは、論理の積み重ねでは表現出来ない。そのため、論理展開は飛躍する。その論理の飛躍こそ、「研究の種」だったのではないか?と思える。それをこれまでの言葉を使って、その「研究の種」を大きく展開していく。もちろん研究テーマに依存するのだが、「ゼロをイチ」にしてきた論文には「異化」による飛躍が含まれているのではないか?と思う。一人の研究者として、そんな研究論文を人生で何本かは書いてみたいものである。

4 comments:

  1. なんとなく「イカ」つながりでご紹介します。前半が祖父の著作なんです。
    波多野一郎・中沢新一著「イカの哲学」
    https://www.amazon.co.jp/dp/4087204308

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    1. コメントいただき、ありがとうございます。
      御祖父様が著者なのですね。是非、「烏賊の哲学」読みたい本です。他の本も含め、図書館が早く再開しないかなぁ・・・と思いながら、過ごしている日々です。

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  2. ご返信頂きありがとうございます。唐突な紹介で失礼いたしました。
    「烏賊の哲学」は平易な言葉を使って物語調で書かれているので、また機会があれば気軽に手に取って頂ければ幸いです。
    本を読む時間は増えたのに、書店や図書館に行く機会を失ってしまったのは少し皮肉的ですが、
    こちらのブログ興味深く拝読しています。今後も楽しみにしています。

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    1. ありがとうございます。

      > 本を読む時間は増えたのに、書店や図書館に行く機会を失ってしまったのは少し皮肉的ですが

      本当にそうですね。どれだけ読まれるブログを書けるか分かりませんが、今後とも時間がある時にでも読んでいただければ幸いです。

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